アレルギーマーチの予防と対策
アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎は、ダニなどの環境アレルゲンに対するIgE抗体を産生しやすい体質(アトピー素因)をもつ人に多く発症します。子どもの成長によって発症しやすいアレルギー疾患が変化する現象を1980年代に馬場 実 医師が『行進』のようであると考え『アレルギーマーチ』と名付けました。
②乳児湿疹・アトピー性皮膚炎
③食物アレルギー
④気管支喘息・アレルギー性鼻炎・結膜炎
上記①➡②➡③➡④の順に成長につれて発症し、アトピー性皮膚炎・乳児湿疹がアレルギーマーチの出発点であるとされています。アトピー性皮膚炎の1/3に気管支喘息を発症、1/2にアレルギーマーチが続発すると考えられています。アトピー性皮膚炎があると、アレルギー性鼻炎2~3倍、喘息2~3倍、食物アレルギー6倍のリスクがあります。アトピー性皮膚炎の乳幼児早期発症、重症・持続性やアレルギー疾患の家族歴があるとアレルギーマーチが発症しやすくなります。近年小児のアレルギー疾患が増加する中で、この『アレルギーマーチ』の発症、進展を予防することが重要な課題となっています。気道アレルギー(喘息、アレルギー性鼻炎、花粉症)のすべてがアレルギーマーチの経過で起こるわけではありません。半数以上はアトピー性皮膚炎がなく発症していて、気道粘膜バリア障害『気道感作』の関連が考えられます。
◆感作とは?
アレルギーの原因となる物質をアレルゲンといい、私たちの身のまわりには、食物、花粉、ダニなど多くのアレルゲンが存在します。このアレルゲンが体の中に入ると異物とみなして排除しようとする免疫機能がはたらき、IgE抗体という物質が作られ、この状態を『感作』といいます。ダニに感作されると、ダニに過敏に反応するようになります。感作されると肥満細胞にIgE抗体がくっつき、再度アレルゲンが侵入するとアレルギー症状が急に出るようになります。
但し、採血でダニ・スギ・エビなどが陽性(感作)となっても制御性T細胞(Tレグ)が働くとアレルギー反応はおこりません(免疫寛容)。採血結果や皮膚テストと症状が一致してアレルギーの発症と考えます。採血結果陽性だけで症状が無ければ食物除去などは必要ありません。
◆アレルギーマーチは経皮湿疹感作から生じる
以前まで、食物アレルギーは消化管でアレルゲンが吸収され感作が成立する『腸管感作』が主体と考えられていました。ところが近年の研究結果から、スキンケア不足による皮膚の乾燥・湿疹やアトピー性皮膚炎による『経皮感作』により食物アレルギーは進行し、離乳食を遅らせず(生後5~6ヶ月)食物アレルゲンを症状なく食べて摂取を続けることにより『経口免疫寛容』が誘導されることがわかってきました。皮膚の状態が悪いと、経口免疫寛容の効果も得られにくいと考えられ、離乳食前に、生後からスキンケアなどで皮膚の状態を良くしておくことも重要です。 『経口免疫寛容』とは、食べたものに対して過剰なアレルギー反応を起こさないようにする仕組みのことです。
*子どもの食物アレルギー(当院HP)も参照して下さい。
アレルギーマーチとは関係なく、小児から成人まで、茶のしずく石鹸、化粧品、魚、ダニ、金属イオンなどのアレルギーもアトピー性皮膚炎・経皮湿疹感作の関与が考えられています。
👉 今回はアレルギーマーチを防ぐために自分でできる事や対応の話です。
新生児期からのスキンケアの重要性
2014年、国立成育医療研究センターから、新生児期からの保湿剤塗布によりアトピー性皮膚炎の発症リスクが3割以上低下することが報告されました。皮膚のバリア機能が障害された状態で、早期に十分な対応がなされず皮疹の改善が遅れると、食物アレルゲンの皮膚感作が進行します。スキンケアを徹底して行い、皮膚バリア機能を改善し、新たな皮膚感作を起こさないようにしましょう。
リアクティブ療法とプロアクティブ療法(ステロイド)
アトピー性皮膚炎の外用療法には、症状が出たときに治療するリアクティブ治療と、症状の出る前から予防的に治療するプロアクティブ治療の2種類があります。再発の多いアトピー性皮膚炎の場合、リアクティブ治療ではうまくコントロールしにくいため、現在では、徐々にプロアクティブ治療が推奨されるようになってきました。
次のサイトでアトピー性皮膚炎の治療を学びましょう。
*九大皮膚科:外用量の適量と塗り方(サイト)
*九大皮膚科:適切な期間、適切な範囲を塗る(サイト)
*九大皮膚科:プロアクティブ療法(サイト)
2017年に発表された成育医療研究センターから、アトピー性皮膚炎のある乳児に対しその湿疹をしっかり治療しながら加熱鶏卵を少量ずつ経口摂取させることで、卵アレルギーの発症を減少させることができることがわかりました。 離乳食の開始時期を遅らせたり、予防的に除去したりすることは、経口免疫寛容の誘導する機会を失うことにつながり、結果的に食物アレルギーの感作を進行させてしまいます。
経口免疫寛容を誘導する経口免疫療法はアナフィラキシーのリスクもあるため①急速免疫療法と②安全な少量維持療法について次のサイトで説明されています。
*経口免疫療法:成育医療研究センター(サイト)
鹿児島県で食物経口負荷試験医療機関のお探し方は次を参考にしてください
*鹿児島県の食物経口負荷試験実施医療機関(サイト)
◆喘息およびアレルギー性鼻炎・結膜炎の予防
風邪ウイルスの予防と手洗い
日常生活におけるポイントとしては、乳児期に風邪の代表的な原因ウイルスである、RSウイルスやライノウイルスといったウイルス感染をくり返すと喘息を発症しやすくなるといわれています。そのため、手洗いなどを行い、ウイルス感染症を予防することが大切となります。春と秋のライノウイルスの時期には 喘息を発症しているお子さんは、前もってステロイドの吸入で気道過敏症を抑制する必要があります。ライノウイルスは消毒液の効果が乏しく石鹸と流水による手洗いが重要です。
不要な抗菌薬の使用を控える
成育医療研究センターの研究で、2歳までに抗菌薬を使用したことがある児は、5歳時の気管支喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎といったアレルギー疾患のリスクが高まることが分かりました。一般的な風邪のほとんどはウイルス感染であり、抗菌薬は効果がないことからも、不要な抗菌薬の使用は避ける必要があります。
*薬剤耐性(AMR)対策(サイト)
アレルギーの原因となるアレルゲンが、乳児期から幼児期にかけて、食物からダニやハウスダストなどに変化していくとされています。そのため、ダニ対策を中心とした環境整備を行うことが、発症予防につながる可能性があります。ダニの最適温度25~30℃、相対湿度60~80%のため、ヒョウヒダニは湿度が高い梅雨に増え始め、7月から9月はじめにかけて増加し、死骸・フンが10~11月に増加してアレルギー症状(喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎、アトピー性皮膚炎)の原因となります
*ダニ対策の実践:環境再生保全機構(サイト)
アトピー性皮膚炎のスキンケア
アトピー性皮膚炎を発症している場合は、皮膚を炎症がない状態に保つことで皮膚から体内にダニやハウスダストなどの吸入アレルゲンが進入するのを防ぎ、喘息・アレルギー性鼻・結膜炎の発症予防につながる可能性があるとされています。
衛星仮説(田舎で家畜と触れ合う)
北米で農耕や牧畜によって自給自足の生活を営むアーミッシュはアレルギー疾患が極端に少なく、幼少期から家畜と触れ合い、細菌を吸い込んでおり、その結果、Tレグ(アレルギーを抑える役割)を多く持つようになったと言われています。日本のように衛生環境が良くなり乳幼児期の病原体感染機会の減少がアレルギー疾患の増加に働く可能性が報告されています『衛生仮説』。
『衛生仮説』は、Tレグによるアレルギー抑制説が考えられていましたが、その他にも、幼少期から家畜と触れ合い、細菌を吸い込んで低用量のエンドトキシンに繰り返し曝されることで気道上皮細胞のバリア機能が強化され感作の成立が抑制される説が、最近報告されています(Schuijs MJ,2015年Science)。『衛生仮説』は喘息や花粉症などのダニ・スギなどの吸入抗原に対して成立し、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーには当てはまらないと推測されています。兄弟が多いご家族では、幼少時から細菌をもらうことが多い年少なお子さんは、アレルギーが少ないことをよく経験します。
免疫療法(スギ、ダニ:アレルギー体質改善、喘息予防の可能性)
舌下免疫療法とは、スギ花粉症とダニ通年性アレルギー性鼻炎の体質改善のための、自宅で行う注射でない口腔舌下の治療です。次世代の新治療として期待されている治療法です。程度の差はありますが、改善率は70~80%と言われています。わが国では2018年から、ダニおよびスギに対する舌下免疫療法が5歳以上で可能となりました。舌下免疫療法(口腔保持後服用)は、従来の皮下免疫療法(皮下注射)と比べ、アナフィラキシーなどの重度の副作用がほとんどなく自宅で行う痛くない治療です。ダニアレルギー性鼻炎とダニアトピー型喘息に対して効果は舌下免疫療法より皮下免疫療法の方が効果が高い報告があります。
*舌下免疫療法(スギ・ダニ)(当院おしらせ)を参考にしてください。
*日本での保険適応:
【舌下免疫療法の適応】スギ花粉症、ダニのアレルギー性鼻炎
【皮下免疫療法(従来)の適応】スギ花粉症、ダニのアレルギー性鼻炎、気管支喘息
どちらも重症喘息や喘息のコントロール不良では禁止
日本では、舌下免疫療法は喘息単独には適応はありませんが、海外の報告では喘息にも効果を認めています。ダニのアレルギー性鼻炎合併の喘息であれば日本でも喘息への舌下免疫療法の治療も可能となります。鼻炎や喘息のすべてに効果があるわけでなくスギやダニが特異的に関与するアレルギー気道症状に効果があります。若年者の方が、効果が高いと考えられています。アトピー性皮膚炎や食物アレルギーには効果はありません。
*鼻炎と舌下免疫療法
①血管運動性鼻炎(寒暖差アレルギー)②老人性鼻炎③好酸球性増多性鼻炎④アレルギー性鼻炎などあり、症状だけでアレルギー性鼻炎と区別できないこともあります。スギ・ダニ以外のアレルギー性鼻炎や、前述の①②③は免疫療法の効果はありません。
スギ・ダニ免疫療法はスギ・ダニの④アレルギー性鼻炎のみ効果あります。
*喘息と舌下免疫療法
下記の①~⑧の様々なタイプの喘息が存在し、それぞれ治療方針が異なることもあります。
免疫療法の効果が期待できるのは下記の③のみです。
①乳幼児期の一過性喘鳴反復群:3~4歳で寛解し、非アトピー型。自然免疫・感染が関与。
②もう少し遷延する非アトピー型喘息:小学校低学年で寛解
③早期発症アレルギー性のアトピー型喘息:IgE高値、乳幼児期から発症して、ダニの関与が高く、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、アトピー性皮膚炎の合併が多い。
④運動誘発性・アスリート喘息:学童から増加。通常の喘息のコントロールと抗ロイコトリエン薬が効果を発揮します。気道粘膜の脱水と冷却、気道上皮損傷による気道過敏性の亢進が出現。
⑤後期発症好酸球性喘息:非アトピー型、成人発症 好酸球性副鼻腔炎合併 自然免疫が関与します。
⑥アスピリン喘息: 非アトピー型、成人女性に多く 嗅覚障害・好酸球性副鼻腔炎合併 ロイコトリエンが関与します。
⑦肥満性喘息:中年女性に多く、主に内臓脂肪が関与し、ダイエットが重要です。
*肥満と喘息:ダイエットで喘息が治る?(当院コラム)も参照を。
⑧好中球性喘息:喫煙者に多く、大気汚染や好中球性の慢性鼻副鼻腔炎の関与が考えられ、マクロライドの効果が期待されています。ステロイド抵抗性です。
~~成人・高齢者では非アトピー型が増加~~
*喘息発症予防の可能性
免疫療法で喘息の発症予防が可能なのか?
海外の報告では
2007年PATスタディーでは、喘息がなく季節性鼻炎(6~14歳、シラカバ・イネ科)に皮下免疫療法(3年間)を行い、有意に喘息発症予防の効果を認めています。
2018年、喘息が無くイネ科花粉症(5~12歳)舌下免疫療法(3年間)で、喘息発症予防に舌下免疫療法でも効果を認めています。
2013年アレルギーのリスクが高い3歳未満の児へのダニ舌下免疫療法では喘息発症の予防効果は認めていません。
以上のことからアトピー型のIgE高値の喘息発症リスクが高そうな学童へ、わが国で現在行われている舌下免疫療法(スギ、ダニ)が喘息発症の予防の可能性があるかもしれません。
参考資料
国立成育医療研究センターHP
経皮感作と経口免疫寛容 夏目 アレルギー 2019;68(7)823-829
基礎から見た衛生仮説の再考 松田 アレルギー 2019;68(1)29-34
アレルギー疾患のすべて 日本医師会雑誌
九州大学皮膚科HP