診断が難しい高齢者めまい
日本の不慮の事故の報告で多いのは、若者・中年では交通事故、高齢者では窒息、転倒・転落、溺死が問題になります。溺死の多くは浴槽内への転倒・転落で起きていることから転倒・転落の割合はもっと多くなります。高齢者の寝たきりの原因で多い大腿骨近位部骨折の74%は転倒が原因です。6月20日のニュースでは、長野で75歳の高齢者が自転車で転倒して、その後自宅で、外傷性くも膜下出血で亡くなっています。
20歳(100%)と比較すると70歳で筋持久力低下(30%)と平衡性の低下(20%)となります。小脳の退行変性は40歳台から始まり加齢ともに加速し高齢者の平衡機能低下へ大きな影響力を持ちます。高齢者のめまいの年間有病率は若年者の約3倍です。中枢神経、末梢受容器(内耳)の加齢による機能低下および筋力低下は誰にでもおこる現象です。
老人性平衡障害への有効な薬物療法や手術治療は存在しません。
有望なのは中枢前庭代償を促進させるリハビリと筋力増強のためのリハビリです。加齢変化のため前庭代償の発現が不十分となりリハビリの効果が十分に得られないこともあります。前庭リハビリは耳鼻咽喉科専門医またはめまい相談医(サイト:全国673名、鹿児島では6名認定)に相談しましょう。
めまいの訴えに対して漫然と抗めまい薬が処方されていることがありますが、基礎疾患が多い高齢者ではポリファーマシー(5剤以上で転倒リスク増加)となり薬害を起こすことも懸念されています。減薬の意識も大事です。
👉 診断が難しい高齢者めまい
若い人は、良性発作性頭位性めまいを主に内耳からのめまいが多く、ほかには片頭痛・肩こり・貧血・自律神経症状・生理・心因性などを考えた対応が多くなります。
高齢者では、若い人のめまい疾患の他に、基礎疾患が多く、下記のような多くのふらつきの・めまいの原因となる脳心・内科領域疾患および薬剤性、運動器・筋力の低下による老年症候群を考えた対応が必要になり診断が難しくなります。
内耳疾患も感知する感覚が衰え若い人のような回転性ではなく浮動性の訴えが多くなり診断を難しくします。暗所や起伏のあるところで転倒しやすくなる両側前庭機能障害を示す加齢性平衡障害も出現してきます。
『内科領域』
薬歴や病歴からめまい・ふらつきに関係する疾患や薬物を丁寧に確認して対応していきます。
➡ 様々なめまい・ふらつきに関与する多くの疾患
*脳卒中 :危険なめまいです。
*椎骨脳底動脈循環不全
*頸椎性
*くも膜下出血:4%はめまいで発症します。
*心疾患
*不整脈:労作時のめまい、動悸の有無の確認します。
*高血圧・動脈硬化
*脱水:梅雨から夏にかけては熱中症に注意
*食事摂取・栄養不良:嚥下機能障害・嗅覚障害が隠れていることあります。
*糖尿病:自律神経障害、起立性低血圧など出現することあります。
*起立性低血圧:入浴時や食後低血圧など、下半身から上半身への血液還流改善のため下腿三頭筋(ふくらはぎの筋肉:第二の心臓)を鍛えます。脳循環自己調節機能や自律神経調節中枢の機能低下が原因。
*認知症(レビー小体など)
*パーキンソン病
*アルコール中毒
*薬剤性:薬物投与より減らすことを意識して対応 ポリファーマシー(5剤以上で転倒リスク増加)と言います。
減薬についてはかかりつけ医と相談しての対応が必要です。
『老年症候群』
次の四つが重要です。
*フレイル(健常から要介護の中間段階:加齢による衰え全般)
*運動器機能低下・筋量低下のサルコペニア
*骨粗鬆症
*加齢性平衡障害(下記の内耳からのめまいで詳細記載)
*運動器機能低下・筋量低下のサルコペニア
今までの対策
【動的持久的運動】(有酸素運動:脂肪と糖を消費、心拍予備能60%を超えない程度が望ましい)
動的有酸素運動は血圧変動の程度が少なく、代謝・循環系の改善効果から今まで静的筋トレより適応な運動として勧められてきました。
最近は筋力維持、強化という点から、高齢者にも適切な強度の筋抵抗性運動(静的運動:スローな運動)であれば、動的運動と平行して指導することが求められています。
心拍予備能60%を超える運動は、血圧や血糖をあげるホルモンが上昇します。乳酸が蓄積して、二酸化炭素が過剰排泄となります。静的運動は血圧をあげますので息を止めないで行います。
これからは、有酸素運動に平行して
【静的運動(スローな運動)】
欠点は血圧をあげますので、レジスタンス運動時に力発揮が強まるときには、息を吐き、弱まるときには息を吸うことが基本です。
具体的には
スロースクワット(腰痛、糖尿病対策にも効果)
NHKガッテンピントレ糖尿病対策(スロースクワット:サイト)
スロー腹筋
スロー片足引き上げ
スロー腕立て伏せ など
メリットとして
ゆっくりであっても筋肉が動き続けていると乳酸が分泌します。
乳酸が成長ホルモンの分泌を促します。成長ホルモンが筋肉肥大、骨や腱の代謝を促進し、また体脂肪の分解も促進します。
*骨粗鬆症
骨を強くし転倒を予防する運動
骨粗鬆症と運動 NHK(サイト)
背筋運動
片足立ち
スクワット など行います。
運動は背筋運動、スクワット、壁で支え片足立ち、壁で支えヒールレイズ(かかと挙上)、水中歩行などのレジスタント運動を行います。食事は、バランスの良い3食を食べ、肉・魚・大豆・納豆・卵・牛乳・小魚・きのこ・鮭などタンパクやカルシウム・ビタミンD・ビタミンKをよく食べましょう。レジスタント運動で筋肉量を維持し、骨密度の減少に効果があります。ビタミンDを維持するには日光浴も大事です。肥満者は少しずつ減量を試みます。急な減量は、筋肉量の低下をもたらします。喫煙や過度の飲酒も骨粗鬆症を早めます。
➡日常生活での注意点
*急な立ち上がりや急に振り向くことを避ける
*階段の降りる時は手すりを使い慎重に
*両手フリーで歩行、荷物は背中に背負うか手押し車に入れる
*戸外では杖や手押し車を使用
*室内の障害物の整理、バリアフリー、トイレや廊下を明るく
高齢者の急性期は、脳血管障害によるめまいに注意した対応が必要です!!
頭部CTでは急性の脳出血は有無を知ることは出来ても、急性期(6時間以内)の脳梗塞は、MRIが必要です。超急性期は偽陰性(当初の検査は正常)となる事もあり経過観察が重要で経過中の他の神経症状の出現に注意します。
*加齢性平衡障害
いままで高齢者で原因不明のふらつき・めまいに対して診断していた概念ですが、2019年に国際基準ができました。軽度の両側前庭機能障害が出現します。
通常歩行では加齢性平衡障害の両側前庭機能障害者と健常者では差はみられず、歩行速度が速くなるほど歩行中枢が中心になり不安定歩行が出やすくなります。ゆっくり歩行は、視覚など感覚情報を利用して対応しています。暗所や起伏のあるところで転倒しやすくなります。
➡2019年に国際学会のバラニー学会で診断基準が示されたばかりです。
A: 3ヶ月以上持続する前庭症状(めまい・ふらつき)少なくとも以下の二つを認める
- 姿勢のバランスあるいは不安定感
- 歩行障害
- 慢性の浮遊感
- 繰り返す転倒
B: 軽度の両側前庭機能低下の指標、以下の検査の少なくとも一つを満たす
- vHIT検査前庭動眼反射の利得が両側0.6~0.83(保険適応ではない)
- 振子様回転検査による前庭動眼反射の利得測定
- 冷温交互の温度眼振検査の最大緩徐相速度の測定
C: 60歳以上
D: 他の疾患で説明できない
加齢性平衡障害を通常のクリニックで、このB基準に沿って診断することは容易ではありません。
加齢性平衡障害を診断しても、確立した治療法や予防法があるわけでなく今後の研究課題となっています。各施設での診断の統計は標準化されます。
☞ 実地診療では、従来通りの前庭リハビリ、サルコペニア対策(ウーキング、下肢の筋トレ)が重要と思われます。
前庭リハビリは耳鼻咽喉科専門医またはめまい相談医(全国673名、鹿児島では6名認定:サイト)にご相談下さい。
めまい・ふらつきでお悩みの方へ(当院:疾患案内)
*BPPV(良性発作性頭位性めまい)高齢でも最も多い内耳からの眩暈です。60歳以上では20~40歳の7倍高い発症率です。頭部外傷、メニエール病、前庭神経炎などの二次性に発症しやすく、骨粗鬆症との関連、全身疾患との合併が指摘されています。変形性頚椎症や腰痛の合併も多く検査や耳石置換療法が出来ないこともあります。高齢者ではBPPVを感知する感覚が衰えているため発見が遅れることがあります。
*メニエール病:中年で発症することが多い疾患ですが、最近、元気な高齢者が多くなり以前より高齢者で増加しています。若い人のように回転性ではなく、持続的浮遊感の訴えが多くなります。BPPVの併存のこともあり頭部挙上での就寝も考えます。
*前庭神経炎:30~60歳に好発
『心因性めまい』
長い人生の中、心身の不調、身近な人との離別・死別、生活環境の変化に対応できないなどの理由から、ストレスを感じる高齢者が増えています。ストレスは、心因性のめまいの引き金になりあらゆる病気に進展します。。
*不安症・うつ病・精神疾患に合併するめまい
*当初は内耳のめまいが、反復するうち心因性めまいへ変化することも多くあります
*若いときに前庭神経炎やめまいを伴う突発性難聴に罹患して70歳過ぎて脱代償(加齢で小脳のコントロールが低下)してめまいが出現するようになり、それに不安・抑うつなどの心因が合併して難治化している場合もあります。この場合、前庭リハビリを主に薬物療法を考えます。
参考資料
高齢者のめまいを治す:耳鼻咽喉科・頭頸部外科 2020:5