胃酸の逆流と耳・鼻・のど・呼吸器
喘息患者でのアレルギー性鼻炎の合併は80%前後、アレルギー性鼻炎の10~20%に喘息の合併がみられ、合併率が高いだけでなく、喘息の悪化にも影響するなど関連が非常に深いものになっています。これをone airway, one diseaseと呼び、鼻などの上気道と肺の下気道をひとつの疾患群として治療する考えです。
人体の発生段階で、呼吸器の上皮、消化器、咽頭、耳管、中耳は、内胚葉に分類され、胎児の初めは咽頭・呼吸器・消化器は同じ組織に起源があります。実際の診療でも、咽頭・上下気道に胃・食道の影響が関わった病気が多数あり、多彩な症状をおこしていることがわかってきました。
食生活の欧米化にともない、胃食道逆流症(GERD)が増加しています。ある報告では、ここ40年の間に、日本人の胃酸を出す細胞が1.35倍増加していました。
げっぷや胸やけ以外の胃食道逆流症が関係する食道外症状としての上下気道・肺への影響がかなりみられます。具体的には、咳、喘息の悪化、小児の咳、高齢者での誤飲性肺炎への影響、のどの違和感、声がれなどが知られるようになり、これら以外にも耳痛、中耳炎、後鼻漏、副鼻腔炎、歯牙酸蝕、胸痛、睡眠障害なども報告されています。
胃食道逆流症は、喉頭酸逆流・呼吸器逆流を引き起こし、多彩な症状の原因になっていますが、実際の現場では、耳鼻咽喉科(のどの訴え)、消化器科(胸やけや胃もたれ)、呼吸器科(咳や痰)、小児科(子供の病気)と分割され、統合して診察できる体制ではありません。
👉 今回は、胃食道逆流症(GERD)が引き起こす、のどの違和感、声がれ、咳、喘息や誤飲性肺炎への影響、中耳炎、副鼻腔炎、睡眠障害など様々な症状に対する総合的な話です。
自分がGERDの可能性があるか次の問診で確認をしてください。ガッテンの内容も確認しましょう。
★Fスケール(GERDの問診)サイト
★ガッテン:咳が止まらない!歯が溶ける!犯人は胃?サイト(2018年6月)
★胸やけ、酸っぱい物が上がってくる、げっぷが多いと自分は胃食道逆流症と判断することは比較的容易です。長引く咳や突然の咳、のどの異常感、治りにくい喘息、風邪もひいてない突然の耳痛、睡眠障害、胸痛で胃食道逆流症が原因と考える方は少ないと思います。乳幼児も、未熟性のため逆流症は、咳・ゼーゼー・呼吸器感染の原因にもなります。痩せている方もストレスが関与する場合もあります。以下の解説を参考に、肥満の方はもちろん、最近体重の増加が気になる方や腰背中が曲がってきた年配の方は、自分に関係していないか、そしてお子さんやご両親・祖父母に関係していないか考えてみましょう。
◆胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease:GERD)とは
胃食道逆流により症状や合併症が引き起こされる疾患です。脂っこい料理を食べお酒を飲む人に多く、胸やけやげっぷなどの症状があります。
通常は胃液や胃の食べ物が食道に逆流しないようになっていますが、逆流防止機能障害があると生じます。食道粘膜は胃酸の刺激を防ぐ機能は備わっていません。食道裂孔ヘルニアはリスク因子です。
胃カメラで食道粘膜障害がないことを確認されると非びらん性胃食道逆流症(nonerosive reflux disease:NERD)と診断され、逆流症状を訴える患者の60~70%に認めます。生活の欧米化、ピロリ菌感染率低下、肥満の増加に伴い日本人の酸分泌は急速に増加しています。GERDの重症例では、食道狭窄・出血、バレット食道からの癌の発症もあります。
妊婦、乳幼児、肥満傾向、高齢者(背骨は曲がる亀背)、お酒飲みすぎる人、食べ過ぎる人、咳が長引く人、ベルトを締めすぎる、コルセット使用者、ストレスが多い人(NERD)など
☞腹圧がかかりやすいと起こります。一部にはストレスの関与もあります。
*Ca拮抗薬(降圧薬)テオフィリン(ぜんそく薬)硝酸薬
☞逆流を防止する下部食道括約筋を緩めます。
*抗コリン薬
☞消化管運動低下させ、胃酸がたまりやすくなります。
抗コリン薬の例:デパス セルシン 三環系抗うつ薬 抗精神病薬ブスコパン パーキンソン病薬 風邪薬 第一世代抗ヒスタミン薬 など
◆生活習慣の改善による対応
★お金をかけない肥満&健康対策:当院コラム
*過食を避ける 食後2~3時間就寝しない
*食後前屈み姿勢を避ける
*高脂肪食やアルコール・甘い物・コーヒー、ミント、柑橘類などを避ける
*就寝時頭部を15cmほど挙上し、上半身を少し上げて就寝する。挙上の仕方は、次のサイトも参考にしましょう。
★ガッテン:咳が止まらない!歯が溶ける!犯人は胃?サイト(2018年6月)
*ベルトなど腹部の締め付けを避ける
*長時間の農作業などを避け、普段から背筋を伸ばすようにする
生活習慣の改善は、以下のPPIの治療と併用して効果を認めます。
◆治療は?
*PPI:プロトンポンプ阻害薬(オメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾール、エソメプラゾール)
作用には少し時間(5日ほど)がかかります。8週間投与。
PPIはモサプリドや六君子湯より改善効果が高いと考えられています。
非びらん性のNERDではPPIの効果は低くなります。ストレスの関与も疑います。
*PPIの併用治療
→PPI抵抗性NERDに酸抑制効果のアルロイドGの併用
→就寝前H₂ブロッカー(ガスターなど)の併用:
夜間の酸分泌抑制が不十分の場合に行うが、1週間で耐性ができ長期投与では効果減弱の可能性あり。
→六君子湯:PPIへの追加投与で上乗せ効果あり
→モサプリド:NERDやPPI抵抗性GERD)にはPPIにモサプリドの上乗せ効果あり
*P-CAB:タケキャブ タケプロン(ランソプラゾール)の改良版で、タケプロンより効果が早く酸性環境下でも安定性があり、作用持続が長く、タケプロンよりピロリ菌除去が高いなどの特徴がありますが薬価が高くなります。
『PPIの弊害』
*胃酸分泌抑制により腸管感染症のリスクがわずかに増大
*胃酸分泌低下による胃内細菌の増殖とその逆流物の肺への吸引で市中肺炎が増加する可能性が考えられますが、GERD自体が肺炎の危険因子でもあるので肺炎のリスクはわずかに増大
*PPIの骨代謝への影響とカルシウムの吸収障害により、服用1年以内は骨折のリスクはわずかに増大
*ランソプラゾールによる難治性下痢の可能性
◆様々な食道外症状(咽喉頭酸逆流・呼吸器逆流)とは
➡どのようにして食道外症状が起こるのか?
★胃酸がのどまで逆流しての直接症状と気道への微量誤嚥による咳。
★胃酸が食道周囲の神経を刺激し、のどの炎症を認めない間接症状と反射性の気道の迷走神経刺激での咳
上記の胃酸分泌による直接・間接症状で様々症状を引き起こします。
➡中耳炎
結論:胃食道逆流症(GERD)が小児と成人の中耳炎へ関与する場合はありますが、小児では逆流症の治療では中耳炎への効果認めず、成人では逆流症の治療で一部に効果を認める報告があります。2015年GERDガイドラインでは、GERDと中耳炎の関与の報告のエビデンスは低く今後の検討が望まれるとなっています。
詳細:小児では2012年の海外の報告では、胃食道逆流症(GERD)が関与する慢性滲出性中耳炎は48.4%、反復性中耳炎では62.9%の関与とされています。3ヶ月の逆流症での治療では効果は認めていません。日本の小児の報告(上出)では、中耳炎のない耳痛や治療抵抗性中耳炎、両側の発熱がない鼓膜膨隆は疑うとあります。日本での成人の滲出性中耳炎への報告(曽根)では、GERDの関与が報告されPPIによる逆流症への治療と生活指導で中耳炎への効果も認めています。しかし2015年のGERDガイドラインでは、中耳炎との関係に関してエビデンスレベルは高くなく、因果関係は不明となっています。
➡副鼻腔炎
2013年の海外の大規模報告では、小児と成人共に慢性鼻副鼻腔炎の発病にGERDとの関連性の報告があり、副鼻腔炎術後の改善不良例にもGERDとの関連が指摘されています。しかし逆流症の治療で副鼻腔炎への効果があるかはまだ不明です。慢性鼻副鼻腔炎の難治例にはPPIなどの逆流症の治療の検討の余地はあります。
胃酸逆流の喉頭所見として、喉頭肉芽腫(通常片側)や喉頭の炎症・発赤・浮腫から声門下の炎症などを認めます。咽喉頭酸逆流の症状として、咳嗽・声がれ・咳払い・のどの異常感が胃酸逆流の影響で生じます。
対策:逆流症の治療(PPI)の効果は限定的です。
咽喉頭酸逆流では、弱酸~無酸の逆流による発症の場合あり、初期治療から増量や投与期間の延長を考える必要があります。無酸の逆流のことあり、PPIによる酸のコントロールだけでなく逆流そのものの改善を目的にモサプリドや六君子湯の併用や生活・食習慣の改善も考えます。
➡咳
咳は咽喉頭酸逆流と呼吸器逆流で生じます。
欧米では多く、食生活の欧米化により従来は少ないと考えられてきた胃食道逆流症(GERD)による慢性咳嗽は、日本でも増えています。食事中や食後、起床、上半身前屈、就寝直後、会話、体重増、飲酒といった咳症状の悪化があれば、疑う必要性があります。胸やけ、げっぷ、口腔内の酸味が無い場合も多く診断に苦慮する場合もあります。
夜間に咳が好発すときは、GERDと喘息また咳喘息の合併を疑います。肥満者は要注意です。
咳による膜圧の上昇や逆流防止機能の下部食道括約筋の緩みが胃食道の逆流をもたらし、それが食道から離れた気管気管支反射や微量誤嚥などにつながることでさらに咳を生じるという考え(咳と逆流の自己永続サイクル)があります。
治療:逆流症の治療(PPIなど)や生活指導で改善する報告もあれば効果が無かった報告もあり、PPIの効果は限定的です。
➡喘息への関与
結論:喘息患者ではGERDの保有率は高く、胸やけや呑酸、げっぷなど症状があり夜の呼吸器症状がある患者はPPI(プロトンポンプ阻害薬)を行います。GERDの症状がない方への投与は効果を認めません。
詳細:喘息患者ではGERDの保有率は45~71%と高く(一般日本人は6.6~37.6%)
GERDは喘息悪化の因子の一つです。GERD合併喘息では、経口ステロイドの投与回数が多く、不安やうつ状態を伴い夜間発作症状が強く出てきます。またコントロール不良の喘息患者のうち24%にサイレントGERDが存在する報告があります。
『GERDが関与する喘息の特徴』
*非アトピー性
*夜間に主に発作が増悪
*食後症状が悪化
*喘息治療に抵抗性
*胃酸分泌を抑制することにより症状が改善
プロトンポンプ阻害薬(PPI)は、逆流症状と夜の呼吸器症状がある患者に効果を認めます。逆流症状が無い喘息患者への効果は乏しいと言われています。PPIの8週間の投与で症状と検査の改善が認め報告があります。肥満者は注意しましょう。
当院コラム:肥満と喘息;ダイエットで喘息がなおる?
➡高齢者の誤飲性肺炎への関与
高齢者の女性に多く、腰椎後弯による前屈み姿勢や、骨粗鬆症による円背、食道裂孔ヘルニア、胃・食道切除の合併が原因となります。寝たきりの患者で食後2時間座位を保つと発熱の患者さんの割合が減る報告があり、GERDと嚥下性肺炎の関連が推測されます。
対策:逆流治療薬のPPIでは、胃酸分泌を抑えますが逆流自体を抑制しないので誤嚥性肺炎には無効です。食後2時間の座位やリクライニングでの上半身挙上を行うことが重要です。
新生児・乳児のGERD(嘔吐、溢乳)は2か月~1歳半までに自然治癒しますが、幼児期移行は、自然治癒は少なくなり、嘔吐、喘鳴、咳嗽、胸痛、呼吸器感染、嚥下障害などの原因となります。乳幼児喘息の難治例にGERDの合併があります。喉頭軟弱症は生後4~8か月をピークに12~18か月で寛解していきますが、難治例にはGERDの合併があります。呼吸器乳頭腫の発症・再発にGERDが大きく関与しています。
治療:おくびの励行 母乳ミルク・食事直後に臥位をとらない 食事を小分けにする、肥満児の減量、PPI、H₂ブロッカー
GERDによる夜間の逆流による睡眠障害は、PPI投与で改善します。
➡胸痛
GERDによる狭心痛と同じ痛みが生じることがありますが、PPIの効果は限定的。GERDと心虚血の関連も報告されています。
➡歯牙酸蝕・歯周炎
GERDが歯牙酸蝕の原因となる可能性があります。
➡睡眠時無呼吸症
閉塞性睡眠時無呼吸症(OSAS)の患者で夜間のGERDの発症が多く、反対に夜間のGERD症状を有する方は、OSAS症状を有するリスクが高くなります。
参考資料
胃食道逆流症診療ガイドライン2015
ENTONI 2019年5月 せき・たん
アレルギー疾患すべて 日本医師会
消化器疾患診療のすべて 日本医師会
小児滲出性中耳炎治療のポイント 上出 洋介 日耳鼻122:1198-1201、2019