意識しないとわからない嗅覚障害:sniff & smell
健康で幸せな生活が送るためには、自分の健康に関心を持ちことから始まります。
生活習慣病や癌は、自分では知らずに少しずつ進行するため検診や人間ドックを定期的に受けて確認する必要性があります。中年近くになるにつれ自分の健康に関心を持つようになり、定期的に検査を受けてみようと考える人が増えてきます。
においを感じることができなくなる嗅覚障害は,その先の豊かな生活や人生の選択肢を奪ってしまうこともありますが、生活習慣病、癌、脳血管疾患に比べると、主婦、料理人の一部の人を除き関心がもたれることが少なかった領域です。
➡子どもでは、匂いがしない訴えを自ら発することは少なく気づかれていないことがあります。
➡高齢者では、フレイル(虚弱 筋力低下)、食欲低下、うつ傾向の原因として嗅覚障害が見落とされていることもあります。
米国の報告では、65歳以上の検査による報告で50%以上に嗅覚障害を認めた報告がありますが、同国のアンケート調査では、65歳以上で数%の嗅覚障害の報告です。つまり、多くの高齢者は、自分に嗅覚障害がある事に気づいていない可能性があります。
日本でも男女ともに50歳代から徐々に嗅覚が低下し,その後年代が進むに連れてその低下度が大きくなることを報告されています。
コロナ禍となり、後遺症として関心を集め、嗅覚障害が急に意識されるようになっています。
◆嗅覚障害のメカニズムと治療可能な障害は?
治療可能な嗅覚障害は、二種類に分けられ、
鼻の通気障害に対する治療(①気導性)と、
嗅粘膜の嗅細胞再生(②嗅神経性)に対する治療です。
鼻の通気には鼻の前方からと、風味と関係する鼻の後方から通気が重要になります。
①気導性
花粉症、アレルギー性鼻炎、鼻風邪、副鼻腔炎などの鼻の通気障害の治療は、鼻粘膜腫脹が改善すればよくなるため、薬の使用または鼻風邪・副鼻腔炎が自然に改善しても数週間以内に匂いが戻ります。鼻ポリープや副鼻腔の炎症が強く閉塞が強い時は、長期に治療を要し手術加療が必要になることもあります。一部には嗅神経性の要素が混ざっていることもあり治療が難しくなることもあります。
②嗅神経性
嗅粘膜の嗅神経へ影響する感冒後嗅覚障害や新型コロナ後の嗅覚障害は、嗅細胞再生が必要になるため、数ヶ月から数年以上かかり、中には改善しないこともあります。加齢性・外傷性の嗅覚障害は、改善は難しくなりますが、一部の方は回復可能な嗅神経障害の要素は入っていることもあり、治療を試す価値はあります。中枢性の要素が大きいと改善は難しいでしょう。この嗅神経嗅覚障害の改善目的に嗅覚刺激法は世界的に注目されています。
認知症やパーキンソン病関連の③中枢性嗅覚障害などは、中枢疾患の早期診断として注目されていますが、現時点では、治療対象ではありません。加齢性は、嗅細胞の減少と中枢性の両方の関与が考えられますので、嗅細胞の減少に対しては治療可能となります。
『風味と新型コロナについて』
食事の風味は嗅覚が7割、味覚は3割といわれており、呼気(呼吸ではく息)によってにおいが鼻の後ろから運ばれて嗅粘膜を通ります。このように、鼻の後方からの空気の流れ方は、におう・味わう という動作において重要な意味を持ち、食欲とも関連しています。
食べ物や飲み物を口に入れた際に感じる『香り』や『味わい』が『風味』です。風味は特有の味わいに香りを含めたものです。ワインを例えると口の中に広がる香りで、口の中から鼻に抜けていく香りをイメージしてみましょう。ハーブやスパイスで、食べ物に風味を加えることも可能です。このように、鼻の後方からの空気の流れも風味、嗅覚、味わいに大きく関与しています。
鼻を摘んで比べて食べると風味、味わいのことがよくわかります。新型コロナの味覚障害の60~70%程度は、風味障害と報告されています。
50代の中年女性に多い感冒後嗅覚障害より、30代に多い新型コロナ後の嗅覚障害の方が、同じ嗅神経性嗅覚障害ですが、はるかに回復は早いと報告されています。
*新型コロナ:9割程度は半年以内に回復しています。大半は数ヶ月以内の回復が多い
*感冒後嗅覚障害:軽症では半年程度で回復することもありますが、中~高度の障害では数年以上、3年で60%程度の回復の報告があり。若年者の方が高齢者より回復が早い報告があります。
現在の新型コロナに対する治療は、以前からある感冒後嗅覚障害への治療が応用されています。
◆子供の嗅覚障害
子どもは、匂いがしない訴えを自分から発することは少なく気づかれにくい。
➡大学嗅覚味覚専門外来:子供の受診はわずか(産業医大:嗅覚味覚外来報告)
患者比率では子供はほとんどいない
嗅覚障害は50歳ごろから多くなり、特に女性が多い。味覚より嗅覚障害の方が女性の割合が多くなる。10~20代は、嗅覚障害の女性が少し増加するが10歳未満受診は全体の中ではわずかである。
➡嗅覚障害の原因比率:嗅覚障害の原因疾患は子供の鼻の病気に多い (産業医大)
副鼻腔炎21% アレルギー性鼻炎 7%(気導性) 感冒後35%(嗅神経)頭部外傷性9%(一部嗅神経性) 不明22% 認知症1% 先天性2% アルツハイマー パーキンソンなど
幼稚園・学童のこどもに多い、風邪、副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎による嗅覚障害は多くの子供も罹患しているはずです。子供の場合、嗅覚の訴えで病院を受診するほど困ってないか、自ら匂わないと訴えることが少ないため、親も含め嗅覚障害に気づいていない可能性があります。
子供の風邪や副鼻腔炎は繰り返すが、大多数は回復も早く、10歳以降は、風邪や副鼻腔炎は、起こしにくくなります。アレルギー性鼻炎は大人まで持続しますが、大多数は薬でコントロール可能ですので、持続的な嗅覚障害は、少ないのかもしれません。
『子供の嗅覚障害で注意すべきは、稀な先天性嗅覚障害』
先天性嗅覚障害の診断においては問診における「生来においを 感じない」との訴えが重要。また先天性嗅覚脱失症例は臭いに対する概念がなく,自身の嗅覚症状に気付くのが容易でなく、そのため発見が遅れる場合も珍しくありません。
よく知られたKallmann症候群は中枢性性腺機能低下症と嗅覚異常を中核症状とする先天性疾患で,男性では停留精巣,小陰茎,二次性徴の欠如,女性では思春期遅発症,二次性徴の欠如がみられる。その発症頻度は,出生男子の 1万人に1人,出生女子の5万人に1人とされているようです。
性腺機能異常を伴う先天性嗅覚障害の診断は比較的容易ですが,性腺機能異常を伴わない場合では 幼少時の副鼻腔炎,頭部外傷等の後天的要因による嗅覚障害を否定することは難しく,先天性嗅覚障害 の診断は容易ではありません。MRIにて嗅球,嗅索,嗅溝の低形成あるいは無形成を確認します。2次成長が認められない場合は,ホルモン補充 療法が必要です。
◆新型コロナと嗅覚障害
新型コロナウイルス感染症(COVID―19)患者の多くが嗅覚障害の自覚症状を有するため,嗅覚障害の診断と治療の重要性がクローズアップされてきました。以前のデルタなどの比べオミクロンは嗅覚・味覚障害の訴えは減少していますが、無くなってはいません。
新型コロナによる発生メカニズムもわかってきました。嗅粘膜上皮においては ACE2 受容体と TMPRSS2 の発現を認めるのは、におい分子と結合する成熟嗅細胞ではなく,主に支持細胞 。COVID―19 感染では鼻腔の嗅裂粘膜の明らかな腫脹を認めない場合、嗅粘膜上皮の支持細胞障害により二次性に嗅細胞が減少し嗅神経性嗅覚障害を合併している可能性が考えられます。
新型コロナの嗅覚障害では、嗅神経性で治りにくい印象ありましたが、オミクロンでは副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎の合併での嗅覚障害も多く認め治療で数週間以内に回復することも多くあります。嗅神経性の要素が強い方は症状は持続しています。今までの報告では数ヶ月以内の回復が多く、6ヶ月以上持続する方は少ないと考られれていますが、一部の方は長期に持続しますので、従来からある感冒後嗅覚障害に準じる治療(漢方や嗅覚刺激法)が適応されます。
◆匂いがしないと何が困る?
*食品腐敗に気づかない
*危険なガス漏れ、火事になる煙に気づかない
*食事がまずく、食べ物、植物の香りがわからず豊かな生活が送れない
*調理の味付けができない、塩分・糖分の過剰摂取の恐れ
*嗅覚・食欲低下から高齢者はフレイル、筋力低下、うつ傾向になる可能性
*子供さんは、食育教育で本来の嗅覚味覚がわからないまま行われる可能性
『食育について』
食育と嗅覚・味覚:食育とは食事をめぐる教育のこと。 食に関する正しい知識・適切な食習慣を子どものうちから身につけることです。生活習慣病・肥満を予防するため、よく噛むこと、不規則な食事は控え、バランス良い食事をとる。食物アレルギー教育。学校給食での地場産物の活用、米飯給食の充実。食文化の継承など掲げられています。学校での食育のプログラムに、子供の嗅覚・味覚は問題ないのかの視点の記載は見かけないようです。
👉 嗅ぐ習慣の必要性 sniff & smell
犬はヒトの5000~1億倍嗅覚が優れているといわれています。散歩中は、いつも地面を嗅いでいます。これは犬の情報収集と好奇心のためのようです。
我々も犬までとはいかなくても、毎日の生活の中でもっと嗅ぐ(sniff)習慣を身に着けるとことで嗅覚障害の回復に役立つことがわかってきました。
『嗅覚刺激法(olfactory training)について』
ドイツの耳鼻咽喉科医が開発した異なる種類の嗅素を嗅ぐ治療法です。レモン、ローズ、ユーカリ、クローブを朝、夕15秒程度嗅ぐ治療を3ヶ月以上持続します。日本では馴染みのない嗅素もあり、日本式は現在、大学などで開発中です。現在、嗅覚刺激法は、日本での保険適応はありません。
九州の大学で唯一嗅覚・味覚外来を持つ北九州の産業医大では、湿布、材木、ココナッツ、バニラを使用して行われているようです。全国的に、国立長寿医療研究センターなど他の大学との日本式嗅覚刺激法の効果の共同研究がこの方法で進行しています。
以下のYoutube を参考にしてみてください。レモン、ローズ、ユーカリ、クローブを、毎日朝夕嗅ぎ、3ヶ月以上行います。
市販の精油を直接嗅ぐのは刺激が強いので、市販の精油(レモン、ローズ、ユーカリ、クローブ)を使い水彩紙と褐色瓶を利用した方法をわかりやすく説明しています。水彩紙の代わりのコットンで代用できます English。
はじめての嗅覚トレーニングセットとして、4000円弱 1ヵ月分で市販されています。褐色ボトル付きです。継続希望の方は4個リフィル用も2600円程度で購入できます。
馴染みのある、特色ある異なる香りを嗅ぐことが大事です。
基本的な現在世界的に行われている嗅覚刺激法を参考にすれば、柑橘系、花の香り、木の香りなどの香りのアロマなど選ぶとよいと思われます。
アロマなどが手元にない方は、
身近な方法では、自分にとって馴染みのある好きな香りを選ぶ方法で始めて良いと思います。朝食では、コーヒー、納豆、レモン、味噌汁、かつおだしや昆布だしの汁ものなど、自分流の匂いを考えて良いでしょう。カレー、イタリア料理のバジル・オレガノなどのハーブやスパイス、ニンニク料理など、工夫をすれば匂いはいくらでも見つけることは出来ます。庭や公園で、季節の花や草木を意識して嗅ぐ、香水、肩こり腰痛あれば手持ちの湿布を嗅ぐこともできます。但し、嗅ぐ物の匂いの程度によっては、匂いの強さが足りないこと、治療としての規則性や再現性が問題です。
匂いがまったくしなくても、そのものがどんな匂いだったかを思い出して嗅いでみましょう。
海外の報告では、週3回汗をかくような運動も嗅覚障害の予防に役立つようです。
2017年に書いた【においと学習効果】の当院コラムも参考にしてください。コロナ前の嗅覚障害が、今ほど注目されていなっかた時に書いています。
『においを楽しむ対策』
*鼻の病気にならないようにする
*意識してにおいを嗅ぐ習慣を
*定期的な運動
*タバコは止める
*料理の盛り付けの色合いなど工夫してにおいを意識すること
参考資料
123回日本耳鼻咽喉科学会総会 2022年4月
嗅覚障害ガイドライン2017年