急性中耳炎の治療の変化:治療から予防へ
最近、急性中耳炎への鼓膜切開の回数が、急に減ってきています。鼓膜切開は重症急性中耳炎に行うことがあります。
小児疾患全般では、鹿児島県の小児入院患者数が2005年9万人から2014年6万人へ減少しています。細菌性ヒブ髄膜炎は、鹿児島で年間10~12人発症が、今はゼロとなりました。厚労省の報告でも、小児入院患者数が1999年からは2011年には65%に減少、同時期の小児人口の減少は95%程度ですので、全国的にも小児入院患者数が減少は明らかな状態です。外来患者数が減っているわけではないようですので、重症の患者さんが減って、外来で通院対応できるようになったと考えられます。呼吸器疾患では、小児喘息の患者さんの入院が、吸入ステロイドの普及で減少し、小児肺炎の入院が減っているようです。
急性中耳炎の詳細は次のサイトを見てください⇒日本耳鼻咽喉科学会HP; 耳疾患:中耳炎・外耳炎 急性中耳炎Q&A
👉 なぜ小児感染症(急性中耳炎、肺炎など)が、良い方向へ急に変わってきたのか? 次の2点(ワクチン接種の普及と新規抗生剤の開発)が重要です。
❶ワクチン接種が世界標準に近づき、小児感染症は治療から予防(ワクチンの効果)へ移行
生後2か月からのワクチン接種が始まり、2013年にヒブ(Hib)、小児肺炎球菌が、任意から定期接種となり、その後も水ぼうそう、B型肝炎、HPVも定期接種化し、生後5か月にBCG接種とその他多数のワクチンが世界標準に近づいてきました。
毎年のインフルエンザワクチン接種の浸透、高齢者の肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンの助成、最近では青年層への無料風疹検査と風疹ワクチンの助成で、今後ますます感染症の治療は予防へと変化していくと言えるでしょう。
ワクチン予防に関してもっと知りたい方は、次のサイトを見てください⇒子どものVPD
ヒブ(Hib)により、インフルエンザB型菌(Hib)による髄膜炎、喉頭蓋炎が殆ど消失しています。肺炎球菌ワクチンにより乳幼児による侵襲性肺炎球菌感染症(肺炎、中耳炎、髄膜炎)を減少させています。
以前のPCV7肺炎球菌ワクチンの導入により,急性中耳炎受診数や鼓膜切開、鼓膜換気チューブ留置術の減少が日本および欧米からも報告されています。現在は血清型を多くしたPCV13肺炎球菌ワクチンのため、薬剤耐性を含めた肺炎球菌による急性中耳炎への効果がさらに期待されています。
【問題点】
その反面、ヒブ(Hib)ワクチンで抑止できない無莢膜型のインフルエンザ菌による中耳炎の相対的増加と、PCV13肺炎球菌ワクチンに含まれていない血清型の急性中耳炎の増加(血清置換)が認められます。
今後は、無莢膜型のインフルエンザ菌による難治例と肺炎球菌の血清置換への対応が求められています。
日本では未承認のSynflorix(肺炎球菌10価と無莢膜型インフルエンザ菌)ワクチンがありますが、無莢膜型インフルエンザ菌に対しては評価が低いようです。
❷新しい抗生剤の開発と薬剤耐性対策(AMR)
新しい抗生剤の開発で、入院直前または鼓膜切開直前の状態の感染症例が、入院せず、外科的治療をせずとも対応可能となってきました。
ここ10年の間に、乳幼児に適応がある次の強力な抗生剤が日本で販売されました。
◆クラバモックスドライシロップ2010年5月保険で使用開始
適応:中耳炎 気管支炎 扁桃炎 皮膚感染 リンパ節炎 膀胱炎 腎盂腎炎
◆オゼックス(トスフロキサシン)細粒2010年1月保険で使用開始
適応:肺炎 中耳炎
◆オラペネム細粒2009年8月保険で使用開始
適応:肺炎 中耳炎 副鼻腔炎
クラバモックスは、欧米でもよく使用される薬ですが、下痢が問題となります。オゼックス細粒とオラペネム細粒は、欧米では小児に使用されていない薬です。
日本でも、肺炎球菌ワクチンの効果により、肺炎球菌の感受性はある程度改善してきましたが、欧米より薬剤耐性菌の問題が多く残されています。難治な肺炎球菌(PRSP)や難治なインフルエンザ菌(BLNAR,BLPACR)などに対してオゼックス細粒とオラペネム細粒が日本では使用されるようになりました。
欧米では、難治なインフルエンザ菌はBLPARのためクラバモックスで効果を認めますが、日本の難治なインフルエンザ菌(BLNAR,BLPACR)は、クラバモックスの効果は低く、セフジトレンピボキシル(メイアクト)細粒の倍量投与(小児の中耳炎、副鼻腔炎、肺炎に適応)やオゼックス細粒またはオラペネム細粒やロセフィンの点滴加療となります。
👉 ワクチン効果と新薬による治療で、難治性の肺炎や中耳炎を対応しているのが今の日本の現状です。
日本での薬剤耐性菌の問題は、乳幼児の集団保育や長期にわたる過去の抗生剤の使用に問題があったとも考えられます。
添付文書上で、
オゼックスは、『耐性菌の発現等を防ぐため、原則として感受性を確認し、疾病の治療上必要 な最小限の期間の投与にとどめること』オラペネムは、オゼックスと上記同様の項目の他に、『カルバペネム系抗生物質の臨床的位置づけを考慮した 上で、本剤の使用に際しては、他の抗菌薬による治療 効果が期待できない症例に限り使用すること』となっています。安易な使用は慎まなければいけない薬となっていて、乱用すると日本の薬剤耐性菌の問題はもっと深刻な状態となります。
【抗生剤クライシス】
経口カルバペネム系抗生剤(オラペネム)の乱用は、耐性菌への切り札的存在であるカルバペネム系注射剤の耐性化を招き、患者を救える薬がなくなることを意味します。
👉 AMR運動(薬剤耐性対策アクションプラン)
薬が効かないバイキンの話;小学生用(youtube;厚労省AMR)
AMRの詳細は次のサイトを確認を:かしこく治して明日につなぐ:AMR厚労省
抗生剤の不適正使用による薬剤耐性菌の増加とそれに伴う感染症の増加が、国際社会の大きな課題の一つに挙げられています。不適正な抗生剤使用に対して対策が講じられなければ、2050年には全世界で年間1000万人が、薬剤耐性菌により死亡することが推測されています。2016年4月日本では薬剤耐性対策アクションプラン(AMR)が策定され、
『2020年の人口千人あたりの 一日抗菌薬使用量を 2013年の水準の 3分の 2に減少させる』こと等が設定され手引き書も作成されています。
➡ 抗生剤の適正使用のために:中耳炎ガイドラインの欧米と日本の違い
日本小児急性中耳炎診療ガイドライン2018年版(詳細は前のサイトを確認して下さい)
症状・2歳未満・鼓膜所見から重症度分類(鼓膜所見を重視)
◆軽症:3日間経過観察⇒アモキシリン常用量3~5日⇒アモキシリン高用量またはクラバモックス
◆中等症:アモキシリン高用量3~5日⇒クラバモックスorセフジトレン高用量orアモキシリン高用量+鼓膜切開(服用3~5日)
◆重度:アモキシリン高用量+鼓膜切開orクラバモックス+鼓膜切開orセフジトレン高用量+鼓膜切開(服用3~5日)⇒感受性を考慮して抗菌薬変更;
クラバモックス+鼓膜切開orセフジトレン高用量+鼓膜切開orオラペネム常用量+鼓膜切開orトスフロキサシン(オゼックス)+鼓膜切開(服用3~5日)
小児急性中耳炎診療ガイドライン2018年版では、中等症の改善が悪い場合や重度の中耳炎の鼓膜切開の適応について、耳鼻咽喉科以外の医師のことも考え『鼓膜切開が可能な環境では実施を考慮』と緩和された内容になりました。耳鼻咽喉科関連学会が作成しているため、以前は、主に耳鼻咽喉科医を想定した内容でした。
アメリカ小児科学会急性中耳炎ガイドライン:2014年(6ヶ月~12歳が対象)(詳細は前のサイトを確認して下さい)
*重症急性中耳炎とは、39度以上または強い耳痛または2日以上持続する耳痛
◆軽症片側急性中耳炎(6ヶ月~2才)⇒抗生物質または経過観察2~3日で悪化時抗生剤
◆軽症両側急性中耳炎(6ヶ月~2才)⇒抗生物質
◆軽症片側・両側急性中耳炎(2才以上)⇒抗生物質または経過観察2~3日で悪化時抗生剤
◆重症片側・両側急性中耳炎(6ヶ月以上)⇒抗生物質
◆耳漏ありの急性中耳炎(6ヶ月以上)⇒抗生物質
*鼓膜所見で中耳炎の診断を行いますが、詳細な鼓膜所見をもとに、日本のように重症度分類へは反映されていません。主に小児科・家庭医を対象としているため、症状、年齢、片側・両側を重視した対応となっています。
*抗生物質は、アモキシリンの高用量⇒クラバモックス⇒セフトリアキソン点滴
ペニシリンアレルギーには、3世代セフェム(セフポドキシムなど)を推奨
*鼓膜穿刺(細菌同定)・鼓膜切開は抗生剤の効果が無い場合の代替え治療の一つとしてあります。
➡ 鼓膜切開について
小児急性中耳炎を何科がみるか?
日本では、耳鼻咽喉科が診察することが多いとも思いますが、欧米では、小児科や家庭医が診察することが多く、外科的治療が必要な場合に耳鼻咽喉科へ紹介となることが多いようです。本邦での薬剤耐性化の問題や欧米との医療体制の違いもあります。最近では本邦でも、小児急性中耳炎を耳鼻咽喉科医より小児科医や家庭医がみることが多くなっているようです。
小児急性中耳炎診療ガイドライン2018年版では、中等症の改善が悪い場合や重度の中耳炎の鼓膜切開の適応について、耳鼻咽喉科以外の医師のことも考え『鼓膜切開が可能な環境では実施を考慮』とオプション的な内容になっています。最近のワクチンの普及と抗生剤の新薬の効果もあり、鼓膜切開や鼓膜換気チューブ挿入が減少してきています。小児急性中耳炎に対して、欧米同様に、日本でも、初期治療は小児科医や家庭医で対応して難治例は耳鼻咽喉科へ紹介することが多くなると思われます。
◆切開時の疼痛・不快・身体的拘束や少し大きい幼児では、ストレスで次回から病院恐怖となる恐れがあり。
◆鼓膜切開を行っても、発症から3週間後(Kaleida1991Pediatrics)や
最終的な治療成績に差をみとめない(宇野2008)。
◆本邦報告で難治性反復性中耳炎への発症頻度低下へ有意な効果は認められていない(Nomura 2005)
⇒鼓膜切開のメリット
◆重症例の鼓膜膨隆が強く耳痛・発熱が高度な例には早期の改善を認める。
うまくいけば、お子さんが、翌日には解熱し夜よく眠れるようになります。
◆切開直後の耳漏から原因菌の検索と細菌の減量を行えますので、耐性菌対策の一つになります。
👉益・不利益をよく理解していただき、担当医と相談上、鼓膜切開を行うか判断することになります。
⇒鼓膜換気チューブ術の効果について
(乳幼児の抑制は難しく、病院での麻酔下の対応になることもあります)
難治性反復性中耳炎(3回/6ヶ月、4回/1年)に対して、6ヶ月以内の減少の効果はあるが、長期の効果は認められていません。
*2歳未満
*受動喫煙
*母乳栄養なし(特に6ヶ月まで)
*集団保育
*鼻副鼻腔炎の合併
👉上記因子は、難治化を招きますので、ご家庭で対応できることは考えてみてください。ウイルス性の発熱や風邪で、安易に抗生剤を使用しないことです。
➡患者さんに理解していただきたいこと
◆日本には、薬剤耐性菌の多くの問題があること。
◆今の日本では、欧米で使用されないオゼックスやオラペネムを使って小児難治性感染症に対応していること。
◆これらの抗生剤を使わなくても対応できるように、適正な抗生剤使用を目的としたAMR運動が、2016年から国を挙げて行われています。
風邪やウイルス感染で安易な抗生剤使用はしない事。
考えようあなたのクスリ薬剤耐性(youtube)
医学的正しい手洗い(AMR 厚労省)
◆急性中耳炎の抗生剤使用について
*適切な薬剤
*必要な場合に限り
*適切な量と期間
使うことを医師も患者さん側も考えること
◆患者さんも甘い飲みやすい薬より、適切な薬の処方に理解していただく。
◆症状や重症度によっては、抗生剤を使用しないで経過を見る事を理解してもらう。
◆肺炎球菌、インフルエンザウイルスワクチンなど必ず受けましょう。
参考資料:PCV13普及後の小児急性中耳炎に関する疫学的検討 日耳鼻 121:887-898、2018