ストレスとお口・のど・おなか&漢方
『ストレス社会と口・のど・胃・腸の病気』
急速なIT化や核家族化、会社、学校での人間関係、介護疲れといったストレス社会のため、心の問題を背景にした訴えが、非常に増加してきています。
耳鼻咽喉科領域では耳鳴り、ふらつき、のど違和感、原因が特定できない舌のピリピリ感や異常感(舌痛症)などは心因性の要素が多い訴えです。
消化器の領域では、ストレスや自律神経が関与する機能性消化器障害(FGIDs)が、近年、関心が高まっています。FGIDsは、口から肛門までの全ての消化管に起こる器質的な異常が認められない慢性的消化器症状をおこす病気です。具体的には、胃痛や食後の胃もたれなどの機能性ディスペプシア(FD)、便秘・下痢・腹痛・膨満感を反復する過敏性腸症候群(IBS)、胸やけ酸っぱさなどの非びらん性胃食道逆流症(NERD)、ストレスが関与するヒステリー球・咽喉頭異常感症などが該当します。
最近、マスコミで注目されている舌癌などに関連しての不安や日常のストレスからの舌痛症(舌のピリピリ感や異常感)もFGIDsの疾患群に入れてもよいように思われます。
機能性消化器障害(FGIDs)は、世界的には2006年のローマ基準で標準化され、日本では2014年にガイドラインが作成され認知度が高まっている心身医療の役割が大きい疾患群です。日常診療では、それぞれの症状に合わせて患者さんは、各専門医の受診を行います。のどは耳鼻咽喉科、舌は耳鼻咽喉科・歯科口腔外科、食道・胃・腸は消化器内科が診察して原因が特定できない難治例や心因性が強い場合は心療内科に紹介されることもあり、患者さん自身がドクターショッピングを繰り返すこともよくみられます。
『漢方と機能性胃腸障害&心身医療』
漢方・東洋医学の領域では、のどの異常感に頻用される半夏厚朴湯は、2000年ほど前の中国の古典の『金匱要略』にも出典があり、昔から頻用される薬で、ひとつの薬で、不安・不眠・気うつ・のどの違和感・神経性胃炎などの心から口、のど、胃腸に使用されます。
西洋医学のように、のどは耳鼻咽喉科、舌は耳鼻咽喉科・歯科口腔外科、食道・胃・腸は消化器内科、子供は小児科が診察、こころが主であれば心療内科と領域ごとに対応し、様々な薬がそれぞれ出されることはありません。漢方では、その人の心身の全体を判断(証)して生薬の組み合わせのひとまとまりで対応していきます。
西洋医学で最近注目されるようになった機能性胃腸障害(FGIDs)と心身および脳腸相関に対して、東洋医学では、半夏厚朴湯などの漢方薬を代表に、すでに2000年ほど前から治療体系が存在していました。漢方医学では、心と体はお互い強く影響しあうという【心身一如】という考えによる治療体系となっています。
👉 今回は、舌痛症、ヒステリー球・咽喉頭異常感症、機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群、非びらん性胃食道逆流症など、一人の患者さんでオーバーラップすることも多く、不安・不眠・うつも重なって認めることも多いため、漢方医学の【心身一如】の考えも取り入れ、心と口・のど・胃腸を総合的に治療するお話です。
機能性胃腸障害(FGIDs)は中年女性に多いと言われていますが、男女問わず子供から高齢者まで認められます。子供のFGIDsは昔から非常によくみる疾患で、思春期やそれ以前の時期には、反復する腹痛・下痢・嘔気・便秘で現われます。いじめや不登校などに関係してきます。
患者と医師の信頼関係が治療に大きく影響する疾患群です。
『心身症としての口・のど・胃・腸への対応』
➡西洋医学では、
FGIDsで心身症の要素が強い場合は、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬など使用しますが、依存性の問題を考えなければなりません。うつ病、気分障害に対しては、薬を使わない認知行動療法が世界的には普及しています。精神科・心療内科では、2010年から日本でも保険適応(医師・看護師)になっているようです。瞑想の技法を取り入れたマインドフルネスと認知行動療法については、今日の健康などの健康雑誌で一般の方にも知られてきています。
➡漢方・中医学では、
傾聴を行い、証を考え以下の処方を考えます。
気の流れを促進する生薬(理気薬)を多く使用します。依存性の心配はありません。
*気剤・理気剤
香蘇散、半夏厚朴湯、平胃散、四逆散、加味逍遥散、柴胡剤
*補気剤(気を補う処方)
六君子湯、補中益気湯
*五臓の肝・心の病態に作用する処方
瀉心湯類、帰脾湯、苓桂朮甘湯、甘麦大棗湯、酸棗仁湯、竹じょ温胆湯、抑肝散、柴胡剤、四物湯
舌痛症を含めたFGIDsの代表疾患の
◆舌痛症
◆ヒステリー球・咽喉頭異常感症
◆機能性ディスペプシア(FD)
◆非びらん性胃食道逆流症(NERD)
◆過敏性腸症候群(IBS)
◆小児のFGIDs(反復する腹痛、嘔気、下痢・便秘)
について以下に説明しています。
FD,IBS,GERD(胃食道逆流症:特にNERD)の三つの合併例も多く認めます。
◆ヒステリー球・咽喉頭異常感症
咽喉頭異常感症とは、「のどがつかえる」「不快感」「何かできている」などの訴えはあるが、検査異常や器質的異常は認めないものをいいます。内科ではヒステリー球、漢方では咽中炙れん、梅核気と表現されます。耳鼻咽喉科では、よく見られる心因性の関与がつよい疾患です。
癌、後鼻漏、ドライマウス、アレルギー、胃食道逆流症、嚥下機能障害、甲状腺疾患など除外して判断します。
代表漢方処方
半夏厚朴湯 柴朴湯 半夏瀉心湯 香蘇散 六君子湯など
舌痛症とは,舌尖,舌側縁部に多く,ピリピリ感,ヒリヒリ感を訴えるが,原因疾患が認められないものをいいます。一般に,更年期, 高齢女性が圧倒的に多く,背景にうつ状態,ストレス,神経症などが考えられ、同時に頭痛、不眠、ふらつき、耳鳴りを伴うことも少なくありません。摂食時や会話時は症状が軽減します。生真面目で癌恐怖などの心理的背景が絡んでいます。
発症の契機として、カンジダ、口内炎、義歯、歯並びなどの局所的要因が考えられれば、西洋的治療を優先させます。義歯のアタリや歯の鋭 縁の治療を歯科医の協力のもとに行い、軟性プラスチック製のナイトガードで歯の鋭縁を被覆することも有効のこともあるようです。
ドクターショッピングの方も多く、西洋・漢方薬ともに改善させるのが難しい疾患のため、患者医師の信頼関係が重要です。
西洋薬:抗うつ薬、抗不安薬、リリカ、メチコバール、プロマック、リボトリール、咳嗽薬など神経や脳に作用する薬が多用されます。
代表漢方処方(お血、肝気鬱血、気虚、気うつ、高齢では気血両虚、陰虚に対して)
半夏瀉心湯、半夏厚朴湯、柴朴湯、柴胡桂枝乾姜湯、黄連湯、加味逍遥散、当帰芍薬散、五苓散、桂枝加朮附湯、立効散、六君子湯、人参湯、補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯、麦門冬湯、白虎加人参湯、六味丸、八味地黄丸など多数の漢方処方例があり決め手がないことの表れでもあります。
◆機能性ディスペプシア(FD)
以前は慢性胃炎と言われていました。2013年から機能性ディスペプシアと呼ばれるようになりました。胃痛や胃もたれで検査(胃カメラ、画像検査)を受けても異常認めない方で、女性に多く日本人の10~20%いるといわれています。
*食事と関連する食後愁訴症候群(PDS)(食後の胃もたれなどが週に2~3回以上)
*食事と関連しない心窩部痛症候群(EPS)(週に1回以上)
に分類され3ヶ月以上継続するとなっています。
ストレスによる自律神経の働きの乱れが関与しているのでないかと考えられています。胃酸が関与する食後の胸やけのNERDや過敏性腸症候群(IBS)との合併が多く、便通異常・下腹部痛を伴い不安症状を訴えることも少なくありません。のどの違和感・咳・痰の原因となる喉頭酸逆流症の合併も認めます。
幼少時期の虐待との関連も報告されています。アルコール、不眠、生活習慣との関連も認めます。中には、診断にて慢性膵炎が十分除外されていないことがあるようです。
*胃酸に対して過敏状態(みぞおちの痛みや焼ける感じ)
*胃の蠕動運動が弱くなる(食後の胃もたれ)
*胃の上部が広がらない(早期膨満感)
FDの治療
次のことをまず1週間行いましょう。
*胃に負担をかけない食べ方(よく噛み、腹8分目、食後30分は休むこと)
*十分な睡眠
*適度な運動
*禁煙
患者医師関係が良いことも重要で、プラセボー効果も高い疾患です。認知行動療法や催眠療法も効果があるようです。
西洋薬:
強いストレスには抗不安薬、抗うつ薬、
胃痛には胃酸を抑える薬(PPI, H₂ブロッカー)
早期膨満感や胃もたれにはアコチアミド(アコファイド)を用い、体内のアセチルコリンを増加させ消化管運動を活性させます。3週間内服して改善しないときは消化器内科で胃カメラやピロリ菌検査を行います。ピロリ菌がFD症状に関連していることがあります。
代表漢方処方
*胃もたれには、大柴胡湯、六君子湯、平胃散、補中益気湯、四君子湯、二陳湯
*不安・のどの違和感や腹部膨満では半夏厚朴湯、半夏瀉心湯、茯苓飲、
*胸やけやげっぷには、半夏瀉心湯、茯苓飲、半夏厚朴湯、六君子湯、人参湯
*胃痛には黄連解毒湯(実証)、四逆散、柴胡桂枝湯、安中散(胃弱)、人参湯
*食欲不振には補中益気湯、帰脾湯、人参湯、十全大補湯
◆非びらん性胃食道逆流症(NERD)
胃食道逆流症(GERD)と耳・はな・のど・呼吸器症状との関連は
当院コラム【胃酸の逆流と耳・はな・のど・呼吸器】で確認して下さい。
胃カメラで食道粘膜障害がないことを確認されると非びらん性胃食逆流症(NERD)と診断されます。逆流症状を訴える患者の60~70%に認めます。若年発症で女性比率が高く、やせ型で、通常のPPIによる治療抵抗性(30~60%)を示すことが多くストレスの関与が考えられています。
西洋・漢方処方
タケキャブ、PPIにモサプリド、六君子湯、茯苓飲、茯苓飲半夏厚朴湯、香蘇散など上乗せすることがありあます。米国では、抗うつ薬(SSRI,SNRI)を使用します。
◆過敏性腸症候群(IBS)
過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome、IBS)とは、主として大腸の運動、知覚および分泌機能の異常で起こる疾患。腸管自体に器質的疾患が認められず、慢性の腹痛と下痢や便秘、腹部膨満などの症状が持続します。
わが国における過敏性腸症候群(IBS)の有病率は人口の14.2%、1年間の罹患率は1~2%、内科外来患者の31%と高頻度です。腹痛、ならびに下痢、便秘の原因となる癌と炎症性腸疾患を中心に消化器専門医で除外して診断します。
2016年のRome IV基準では、以下の診断基準を満たすときIBSを診断するとしています。
*腹痛が、最近3カ月のなかの1週間につき少なくとも1日以上は生じる。
*①排便に関連する、②排便頻度の変化に関連する、③便形状(外観)の変化に関連する3つの便通異常のうち2つ以上の症状を伴う。
Bristol Stool Form Scaleを用いて便秘型、下痢型、混合型、分類不能型を分類します。ストレスの関与もあり、患者医師関係が良いことが重要です。
西洋医学の処方
病型に応じて、薬剤を選択します。
*下痢型には5-HT3拮抗薬(イリボー)やメペンゾラート(トランコロン:抗コリン作用あり)を投与します。
*便秘型に対しては、コーラック、センナ以外の下剤であるラキソベロン(ビコスルファナート)や酸化マグネシウムなどを処方します。アミティーザ(飲み始めの吐き気あり)、リンゼスも使用可能です。センナや大黄は屯用で考えます。
*下痢・便秘型はコロネル、セレキノン、整腸剤
*腹痛に対しては、ブスコパンなどを頓用
漢方処方
*下痢には、半夏瀉心湯、補中益気湯、加味帰脾湯、六君子湯、啓脾湯、十全大補湯、人参養栄湯、人参湯、真武湯
*下痢・便秘には、香蘇散、抑肝散、芍薬甘草湯、桂枝加芍薬湯、小建中湯、黄耆建中湯
*便秘には、桃核承気湯、四逆散、柴胡疎肝湯、加味逍遙散、桂枝加 芍薬大黄湯、大建中湯
◆小児のFGID(反復する腹痛、嘔気、下痢・便秘)
*上腹部痛は、FDの心窩部痛症候群(EPS)
*下腹部痛は、IBSの便秘型と鑑別不能の機能性腹痛症候群
*下痢では、IBSの下痢型
が代表疾患です。
ピロリ菌感染の家族歴を確認します。腹痛では、小児の腹部片頭痛(持続1~72時間、正中部・臍周囲や漠然とした腹痛、悪心・嘔吐・食欲不振を合併)と区別します。
➡頭痛、腹痛、起立性障害、朝が起きれないなど、学校に行くのがたいへんな症状がある方は次の当院コラムを見て下さい。
【よくわかる子供の漢方:起立性調節障害、ふらつき、頭痛、腹痛】
生活習慣・ストレスの改善
*早寝早起きをこころがけて睡眠不足の改善を図る。
*下痢型は、香辛料やカフェイン飲料を控える。
*腹痛・便秘型は、食物繊維を多く摂取して起床時の軽めの運動や余裕をもった排便習慣を持つ。前屈での排便姿勢を行います。
学校や家庭での対人関係などの環境調整を行います。親子関係が重要です。
西洋・漢方の処方
⇒上腹部痛(FDのEPS)には
PPI(ネキシウム顆粒1歳以上),H₂ブロッカー(アルタット細粒 6歳以上)、
抗コリン薬、柴胡桂枝湯、安中散、芍薬甘草湯、六君子湯など
⇒FDの食後愁訴症候群(食後の胃もたれ・吐き気・胸やけなど)には
六君子湯(頻用)、半夏瀉心湯(実証向きで苦い)
⇒便秘・下腹部痛には
モビコール(2歳以上)、カマグ、ビコスルファナート
小建中湯(甘い)、桂枝加芍薬湯、大建中湯、中建中湯、桂枝加芍薬大黄湯など
最初は大黄や芒硝の使用は控えること。
⇒下痢型には
整腸剤、五苓散、小建中湯、人参湯(甘い)、黄耆建中湯(甘い)、真武湯、半夏瀉心湯、柴苓湯など
参考資料
関連ガイドライン、 小児科診療 2018No2実践!小児漢方 診断と治療社