においと学習効果
五感(聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚)の中で、耳鼻咽喉科では、聴覚、嗅覚、味覚の三つの分野を担っています。
最も多い訴えは聴覚に関するもので、次に嗅覚、味覚の順番になります。
普段の生活では、嗅覚を意識していない方が多く、動物や人間の赤ちゃんにとってはすぐ生命活動と結びつく重要なものとなります。
嗅覚低下は、高齢になると、意欲、筋力低下、食欲不振につながり健康寿命を短くする原因になり、
認知症の早期症状のマーカーとしても注目されています。
鼻が悪くなると、風味がわからなくなり、味覚障害をまねき、料理をする主婦や料理人の方にとっては、毎日の料理の味付けに影響し大変な問題となります。
料理をしない方も、香りがわからず、おいしい料理を味わえない状態となり人生の楽しみを失うことになります。
2004年に匂いの分野で米国人にノーベル賞が受賞され、
香水やアロマセラピーを中心に研究が盛んになっています。
日本アロマ環境協会のホームページでは、ストレス、不眠、認知症、生理痛、片頭痛、美容など様々な研究報告が記載されています。
👉 今回は、嗅覚障害は学習すれば回復の可能性があるという話をしたいと思います。
狩り、食べ物の峻別、敵・味方の判別など生きるため、
犬の嗅覚は人間の数千から百万倍程度の香りの認識能力を持ち、
ネコは嗅覚を利用して狩りはせず、犬より劣るものの、
においで食べ物をかぎ分け、ネコの鼻風邪で鼻が利かなくなると、食欲が落ち大好きな魚さえ食べなくなることもあります。
*ネコの鼻風邪と食欲低下
【赤ちゃんの嗅覚について】
赤ちゃんはママの匂いが大好きです。匂いの情報処理を行う嗅球は受胎6週で働き始め、20週で嗅覚細胞が出来上がり、自分の回りの羊水の匂いがわかるようになります。
母親が食べたり嗅いだりしたものの臭気を運ぶ分子は胎盤を通って赤ちゃんに届き、赤ちゃんは周囲の環境の匂いがわかるようになります。
出生後すぐから敏感に嗅ぎ分けるのが母親の母乳の匂いです。
新生児の五感の中で最も発達しているのは嗅覚です。
視力はまだ弱いので、嗅覚を頼りに母親の胸を探し当て初乳に備えます。
嗅覚は赤ちゃんの生命線となります。
母親のアロマセラピーは、赤ちゃんにとって、母の匂いをわからなくするので控えましょう。
【においの学習効果について】
◆新生児・乳児の赤ちゃんの鋭い嗅覚は数年後には大人と同じレベルまで、落ちていきます。
その後、人間の嗅覚は20~30歳でピークを迎え徐々に衰えていくと考えられています。
幼児になると、色々な食べものや周囲の環境のにおいの違いの学習が重要となり、学習を通じて嗅覚を少しずつ発達させていくようです。
◆嗅覚を職業や趣味にしているソムリエの方は、匂いと飲み物を学習することにより、
普通の人より優れた匂いとその記憶の能力を得ることが出来るようになります。
~匂いと記憶・感情~
脳の中で記憶に関する海馬と、嗅の神経と関連して情動反応の処理と記憶の調節を行う扁桃体は近接していて、においと記憶・感情は密接な関係があります。
皆さんも昔懐かしい匂いと共に昔の記憶が思い出される経験(フラッシュバック)をされることがあると思います。
最近では、嗅覚は、認知症の早期症状のマーカーとしても注目されています。
◆NHKのガッテン(2017年11月22日放送)
匂いのトレーニング(学習効果)の話がありました。
高齢者の体験談をもとに、嗅ぐ力が衰えると、
●覇気がない
●時間がゆるむ
●筋肉量が減る
●虚弱体質になる
●地域活動への参加が減る
これらは、においがわからないと風味と味わいが落ち、食欲が低下するため悪循環に陥った結果です。
さらに嗅覚は、喜怒哀楽などの感情とも深く結びついていたり、記憶や空間を認識する力とも関係していたりするため、思いがけない影響につながると考えられています。
~~治療について、ガッテンからのアドバイス~~
~日常生活で、食べ物や草花など、身の回りのにおいを
『何のにおいか意識しながら』嗅ぐだけで、
においセンサー(嗅神経細胞)の数が増え、脳内回路のネットワークが強まると考えられています。
例えば、 キッチンで『これはリンゴだな』と思いながら、嗅ぐ。
食事の時『みそ汁のおいしいにおい』と思いながら嗅ぐ。
仕事の合間にも『コーヒーのいい香り』と思いながら嗅ぐ。
習慣づけていれば嗅覚低下の予防になりますし、一度衰えても、嗅覚が回復することが期待されています~
実際の放送では、二人の高齢者がでて、保険適応でない研究用の特殊なにおいの芳香浴を毎日1年以上行い、嗅覚が回復した内容となっていました。
この治療法の詳しい内容の説明はありませんでしたので、以下に説明いたします。
この方法は耳鼻咽喉科学会でもここ数年紹介されてきた治療法と思われます。
下記のドイツの研究グループによって臨床応用されている方法と思います。
文献:Hummel T, et al: Effects of olfactory training in patients with olfactory loss. Laryngoscope 2009; 119:496-499.
鼻疾患を持たない方を対象に、4種類の香り(バラ、ユーカリ、レモン、クローブ)を1年間、1日2回15秒ずつ嗅ぐと嗅覚の上昇が認められたというものです。
最近2015年には、東大耳鼻咽喉科グループの動物実験の基礎研究でも、嗅覚刺激が嗅神経障害後の神経再生とその維持に重要であると証明されてきています。
問題点:この治療法は保険適応外です。
今後保険適応になれば別ですが、一年以上持続することが必要なアロマセラピーで、高価な精油を1年間買い、一般の高齢者が自分で行うのは難しいと思われ、
ガッテン流の『身の回りの匂いを何の匂いか意識しながら常日頃から嗅ぐ』方法が望ましいと思われます。
☞ 食べ物・飲み物や花など意識して嗅ぐことで、以前の匂いを回復する嗅覚神経細胞の再生を促すと考えられています。
神経再生が少しでも促されるとと、本来と違うにおいを感じることになります(錯嗅)。
少しでもにおえば、においを言葉で表現してみると脳の活性化につながるでしょう。
☞ 今回の話は、鼻疾患を認めないにおいの神経細胞の再生と脳内ネットワークに関する話でした。
外傷や感冒後の嗅神経性嗅覚障害に効果があると考えられています。
実際の診療では、下記の鼻の中のにおい分子の通過による障害(気導性嗅覚障害)が大半です。
嗅覚障害の最も多い原因は、急性鼻炎・副鼻腔炎・アレルギー性鼻炎・好酸球性副鼻腔炎など鼻疾患が最も多く、
通常治療を根気よく持続すれで改善の可能性があります。
まずは耳鼻咽喉科を受診してみてはどうでしょうか。
参考図書:
Newsweek special issue 0歳からの教育 2016年2月15日 第1刷
日本耳鼻咽喉科学会会報 2016.11